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真伝無外流居合兵道―塩川寶祥の武芸極意書
真伝無外流居合兵道―塩川寶祥の武芸極意書 (JUGEMレビュー »)
塩川 寶祥照成,岡崎 寶祥寛人,無外流居合道連盟
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形稽古の習得に大切なのは?
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    9月22〜23日毎年恒例の「会津祭り」”古武道祭”兼合宿
    に参加してきた。NHKの大河ドラマ「八重の桜」人気で、
    街中も鶴ヶ城前広場も大勢の人、人、人出で賑わったのは
    うれしいのだが、東京から早朝だったが行きは3時間半も
    掛からなかったのに、帰りは会津を3時半に出て東北縦貫
    道路が大混雑。どこのサービスエリアも満杯状態。
     結局、トイレタイムも夕食も取らずに走り続けたのに、
    5時間以上かかってしまった。合宿稽古より疲れた。

     
     ところでこの時の合同稽古後の昇段審査で無外流居合道
    審査3段の部で四人、4段の部で一人、受験者全員が不合格
    となった。今年から岡崎宗家が武術の修得に深さと広さを
    求められ、より実戦に近いものをと目指されて以来、併伝
    武道の種目にも幅を広げてこられたこともあろう。
     当然、これまでより上の段位に行くにつれ審査員も7人
    と増え、審査種目増も含め所作、演武を見る目も判定基準
    も厳しくなっていたこともある。

     それよりも、私が思うにこれまで稽古してきた会員達が
    武術修得、形の稽古とは何ぞやという意識が、岡崎宗家の
    意図を十分認識しきれていなかったのではという気もする。
     
    この日の審査後、岡崎先生が”武術(居合道では)2,3段
    が一番大事な時期なんだ”と言われた。具体的にどういう
    意味で大事かは説明されなかったが、私もそう思って会員
    たちに日頃その意図を説明しながら稽古させている。

     もしかしたら、私と岡崎先生の考えの真意は、ご本人に
    確かめていないので必ずしも同じではないかもしれないが、
    私が思っている意味を披露しておこうと思う。
     今回の受審者の大半は技の技量一つ一つ、斬り、刃筋、
    刀の振りのスピード、姿勢等々必ずしも欠点が目立ったと
    いう訳ではなかったと私は看た。だが、全員が3段、4段の
    段階で求められる形の解釈、その表現を理解していたか?
    というと残念ながら私は出来ていなかったと思う。

     それは何か?形を行うには”形の披露演武”とも少し違う
    と私は思っているが、私は初段までに形の動きは全て修得
    して当然と思っている。
     そして2段からはその技の1本1本に磨きを掛け、顔向き、
    肩、腰、体軸、足捌きに加え、手の内、斬り、刃筋、更に
    スピードと強さ、変化にも対応出来るよう意識して昇華し
    てゆく必要があると思っている。
     
     

     更に3段からはそれが1人、2人、3人、4人と相手が変化
    するに応じてどう対応しているか?を意識して学んでゆく。
     固定されて動かない巻き藁を斬るわけではない。一斬り、
    一振りの集大成ではない。それぞれが動き、仕掛けて来る
    相手に対してのかわし、受け、反撃する。”静”はあっても
    ”動の中の静”と私は思っている。

    披露する技1本、1本がその章の一話が終わっても、5本目
    までそれぞれの章が終わり、5本が一つの物語として終る
    まで、”気”を抜くことなく、一定の”間”を保ちながら実は
    次々と繋がっており、5本すべてが終わって初めて一つの
    物語として完結する、というのが理想形と思っている。

    こんな難しいことを3,4段に求めているわけではないが、
    3段の段階から意識して日頃形を稽古し、演じる気持ちで
    いないと昇段試験の緊張した場では出来ないだろう。
    ましてや4段、5段ともなると・・・
     居合は実際に相手がいない、仮想敵を想定して行う”形”
    演武であるだけに、相手の位置、人数を想定した顔の向き、
    目の動き、腰、体軸、足捌き、更には気勢、気迫で行って
    いるかと徐々に高度な要求、完成度が求められてゆく。

     無外流の形は”奥入り・奥伝”を除き、わずか20本である。
    他の流儀に比べ相当少ない。他の流儀の形の多さ、種類を
    云々する気は毛頭ないので、併伝武道の一つ神道夢想流の
    杖道を例に挙げると、64本とも72本ともいう。奥伝までを
    修得しようと思うと相当の時間と修練が必要となる。
     

     それに比べ無外流居合はわずか20本。この中に術の全て
    が込められているすぐれた流儀なのだ。動きを覚えたから
    といって、動き一つ一つが早く、強く、正確になったから
    上手くなったとは言えない。無外流はもっと奥深いものを
    持っている。3,4段ともなるとそうした意識で、どう形を
    演じているか、段位の度合いこそ違え、せめてその意図が
    審査員にわかるように見せて欲しいと私は願っている。

    | - | 17:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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