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武闘家?塩川宗家も恐れる?なぎなた術
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     9日の土曜日、滝野川第一武道場で開かれた北区なぎなた
    連盟 主催の「なぎなた初心者教室」に参加してきた。
     私の物好き病から参加した訳ではなく、昔塩川宗家と雑談
    していたとき「先生が真剣勝負で対戦するとして、一番イヤと
    思う武術は何ですか?」との私の質問に答え「なぎなたかな」
    と言われたのを思い出し、応募してみた次第。

     塩川宗家は死を恐れぬ特攻戦闘機”飛燕”の飛行士帰りで
    バリバリの武術武闘家として各種武術家や道場破りをされて
    いたことがあり、ある時は槍術の宗家と真槍対木刀で試合を
    され、見事に勝ちを納めてしまった。
     すると槍術の宗家、敗れたからと道場の看板と宗家も譲り、
    潔く引退されてしまったという。その時の允可状が今も下関
    の塩川道場拳聖館に掛かっている。そんな塩川宗家が対戦
    された経験はないのに恐れる?のが ”なぎなた” なのだ。

     なぎなた(今は薙刀と書かない)といえば、会津戊辰戦争を
    題材に”八重の桜”が話題だが、有名なのは白虎隊ばかり
    ではない、華々しく散った女子軍があり、中でも光っている
    のが中野竹子という薙刀の名手がおり、大の男どもが斬り
    ふせられ、やむなく鉄砲で撃ち殺されてしまったという。

     現代にもその強さ、凄さでは伝説的な剣士がいる。
    その人の名は園部秀雄先生。男の名前だが、実は女性だ。
     明治もやや浅く、腕に覚えの武士の生業?に撃剣興業が
    盛んで、特に地方回りでは人気を博していた頃、薙刀の試合
    を見て感激したうら若い(明治3年生まれ)彼女、親の猛烈な
    反対を押し切って興業側の佐竹観(鑑)柳斎の下に入門。
     朝夕千回の素振りを繰返し、わずか2年で免許皆伝を取得。
    そこで観柳斎が”男より秀でた者になれ”と名を付けてくれた
    のが秀雄だった。

     園部(嫁ぎ先の姓)先生、後に直心影流薙刀術第十五代の
    宗家を継がれたが、数々の男性剣術家と真剣勝負をし、勝ち
    を収めたが、敗れたのは生涯たった一度だけという。
     東京では、木挽町の空き地で武徳会師範の日田亀太郎と
    闘い、足払い、小手打ちで勝利。長野松本では吉田道場の
    師範代、師範の三間柄の槍と闘い、突きや面で勝ち、打ちの
    強さから面打ちで師範に尻餅をつかせたという。

     唯一敗れたのはかって対戦し敗れた武徳会会長渡辺昇が
    若い19歳の堀田捨次郎に執念の秘策を授けて対戦させた。
    堀田は左膝を床に着けんばかりに低く構え、秀雄の攻めを
    敏捷に躱し続け、遂に機を見つけ面と横面をとって一敗地に
    まみれさせたという。
     園部はその後、昭和11年世田谷に薙刀道場「修徳館」を
    開き、後進の指導となぎなたの普及に努めたが、米寿のとき
    並み居る八段の剣士たちを総なめにしたといわれる。

     「修徳館」といえば、私がテレビ局の運動部番組プロデュ
    ーサーとして「独占!スポーツ情報」という番組の企画制作
    をしていたとき、テレビ界では当時は珍しかった体験入門の
    企画でカメラクルーを連れ、この道場を訪れたことがある。
     当時は多分第十六代の時代になっていたが園田先生に
    ご指導を受けた記憶がある。薙刀との縁は繋がっている。

     土曜日稽古されていた10人ほどの女性剣士の形稽古
    を見る限り、木刀と試合をして打ち据える猛者はおられぬ
    ようだったが、初めて扱う2メートル10数センチの薙刀は
    いつも扱う杖道の1メートル27センチ余と少し勝手が違い、
    しかも技、形の手の位置、足捌き、体の向きなど決められ
    た形があり、扱い慣れるには時間がかかりそうだ。
     
     私は若くはないし、失礼ながら本格的に学ぶ気はないの
    で、大した技術を習得できるとは思えないので、高望みは
    勿論しないけれど、試合はともかくせめて相対稽古までは
    出来るようになり、”なぎなた”を相手にした時の恐さ、迫力
    を判る程度にはなりたいと思っている。
     ホントは、一度で良いから木刀でなぎなたと対戦をして
    みたいなア なんて思うが、夢をみたいものだろう・・・・
    | - | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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