赤坂、麹町で無外流居合兵道を稽古している仲間のブログです。
居合のことや、稽古の様子などご紹介していきます。
 
併伝武道
 武道に精を出されている方なら主とされている武道の他に
いろいろ稽古をされておられるでしょう。
私も居合が本旨だが、他にも色々手を出している。それなりに
他人に語れるほどのものは、恥ずかしながら何一つないが・・・

 その一つに”鎖 鎌”がある。そう、宮本武蔵が二刀流を
生み出すキッカケになったともいわれる「宍戸梅軒」の鎖鎌
である。居合や杖道の仲間にも経験している人も、これから
学びたいと言う人もいるが、武道具屋さんでもなかなか手に
入らない。
 私は幸い昔手に入れ稽古しているから持っているが、昨年
やりたいが鎌がないのでほしいという希望があり、下関の某
先生が知人に頼んで下さるとおっしゃって下さり、是非にと
お願いした。

 まさか本物なんか恐ろしくて使えない。丈夫な樫の木で作る
ことになる。木刀で叩かれても折れない物でなければならない。
木地屋(大工さん?)と鍛冶屋さん、更に分銅と鎖はタンポン
と縒り紐で作る。3人の手を経なければならぬし、もちろん
需要が超少ない武具だから、専門家なんていない。
 それを無理にお願いして頂いてこの程ようやく届いた。
いやナカナカの出来栄えである。
本業が忙しい中くろうして暇を見つけて作って下さったのだ
ろうから、お願いしてから一年余り?経ってしまった。

 しかし、待った甲斐はあっただけの品物だが、はて困った。
問題は、何時、何処で稽古するかである。長い紐を振り回すし
他の武道を稽古している片隅で、というわけにもゆかない。
こんどはこれが一寸頭を悩ますことになそうだ。
【2008.08.31 Sunday 09:41】 author : 四半日日録
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おざなり「稽古」
北京五輪の喧騒が終わりTVは未だ特集やら、総集編など
こんどは帰国した選手たちをゲストにまだ当分、その余波は
続きそうだ。そして今度は日本競技陣の罪人?探しや今後の
対策云々で、シタリ顔した人たちの分析やら方策、建策等で
しばらく紙面を中心としたマスコミが喧しいだろう。

 武道は日々、いやその一瞬一瞬が反省と修復、向上対策で
アタマとカラダを悩ますことになっている。
居合ではないが、先日杖道の稽古で、某老師範(失礼、塩川
先生同様年を感じさせない気力、体力共旺盛です)にある人
との基本の相対稽古中”喝”を入れられた。
 
 太刀では、杖の攻めを形通り受けてあげる(失礼)だけ、
杖では、いかに形を正確に、適度な強さと攻めらしき気勢で
打ち、突いてゆくか、時にはついおざなりになってしまう
こともある。自分では気を入れていた積りだったが、先生は
鋭く見抜かれ、「太刀では、一瞬の隙あらば切り、突いて
やる。杖では、常に一瞬たりとも杖先、体勢に攻めの気勢を
忘れずに」と、自ら模範を示された。
 
 この迫力、年とは思えぬ打ちの激しさ、強烈な強さ、一寸
でも気を抜くこうものなら太刀を飛ばされ、切先が叩き落さ
れて足を直撃しかねない。また一瞬たりとも気を抜けない
気迫溢れる攻めの姿勢。
 私はこれが、この先生の姿勢が大好きなのだ。つい自分の
稽古に惰性や緩みがあるものだから、いつも目を覚まされる。

 「稽古」を漢和大辞典(学研)で引くと「昔のことを考え、
調べる。学問や学習をする」、「芸事や武道を練習する」と
あるだけ。「稽」では、一定のところまでとどいてとまる、
とどこおる」とある。字源(角川書店)でも「考えうる、
とどまる」とあって、あとは大差ない。
 「稽古」を文字で見るとそれほどのことではないが、人に
よりいかに奥深いものか、違ってくるものか、改めて気ずか
されたという次第である。

【2008.08.26 Tuesday 14:49】 author : 四半日日録
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日本人の精神的弱さ
 北京オリンピックもアト4日で終わるが、今大会も数々のドラマが
生まれた。それにしても中国の加熱振りは物凄い。
「閉ざされた国?の人民がその苦しいハケ口を求めるからだよ」と
したり顔の友人はいうが、私もそうかナなんて思ってしまう。
中国四千年の歴史の中で、初めて迎える国際的な歴史的祭典だけに、
国民が熱狂するのは仕方あるまい。
 問題は”五輪後の祭りのアト”だろうと思う。

 それにしても中国選手の活躍ぶりは目を見張らせられる。その加熱
振りがヒイキの引き倒しにもなるが。アテネ五輪の110M障害で、
この種目東洋人で初めて金メダルを獲得、その後CMやその他の活躍
で国民的英雄となった劉翔。当然2連覇してくれるものと期待された
彼が、1次予選でアキレス腱損傷で棄権するとモウ大変。自由にもの
が言えるのはネットだけ?という中国で、そのネットを通じてばかり
でなく英雄扱いどころか国賊扱い並みの非難の波にさらされている。
それに比べ日本ではどうか?期待の女子マラソンで野口みずきの
直前離脱に加え、レース途中で土佐礼子が棄権というアクシデント。
お家芸として期待を一身に集めた柔道の鈴木桂治が、ナントなんと
1次予選であっさり敗退してしまった。日本国民の声は非難どころか
イタワリの声のほうが多い。
 
 オリンピックになるといつも感じることだが、外国人に比べ大舞台
で日本選手に見られる精神的弱さ。それは日本人の精神構造の脆弱さ
によるものなのだろうか?
 女子レスリング四人のような猛女はいる。確かに貴女達は素晴しい、
賞賛しても仕切れない。血の滲むような猛練習と努力で築き上げた力
の成果というのは、彼女達ばかりではあるまい。
それを大舞台で発揮できるという精神的なタフさに目を見張るものが
あるというのだ。
柔道ばかりでなく、男子体操にしてもそう。中国と張り合ってくれる
ものとばかり期待したのに、次々とミスを重ね自滅してしまった。

 日本選手は、技術力の向上は当然ながら、その精神力、国外でここ
一番の大舞台でも力を発揮できる精神的なタフネスさを、幼少時から
作り上げる育成方法を国を挙げて取り組む必要があるのではないか?
いま日本は恵まれすぎ、特にスポーツでハングリー精神に欠けると
言われて久しい。甘やかされすぎといわれる家庭教育、すぐ学校に尻
を持込む母親、すぐ逃げる父親の話を良く聞く。
 名門一流大学を出て、一流企業に就職し終身雇用で恵まれた老後を
送るため、塾通いや勉強漬けの哀れな子供たち。昔、「腕白でもいい
逞しく育って欲しい」というCMがヒットしたが、「むしろ鶏口と
なるも、牛後となるなかれ」という諺もあるではないか。
見栄や外聞に拘らず、モットもっと自立心旺盛で個性を生かした人生
を送れるような風潮にならないものかと思うのは私だけだろうか。
 その一つに、武道を学ぶことによって得るものは多いと思うよ。




【2008.08.21 Thursday 15:44】 author : 四半日日録
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脱退すべし
 ”ママでも金”はならなかった!でも本当によく頑張ったと
思う。金の晴れ姿をと北京に連れて行った長男がウイルス性風邪
に罹り、急きょ帰国することになったそうだが、それほど母親役
は授乳、昼夜を分かたぬ育児など大変な仕事。技や力が衰えた
ワケではない。現に銅メダルを獲得した3位決定戦の意地の一本
勝ち見事だった。金メダルのドミトルのニワトリの突っつき合い
のような差し手争い、本当に腹が立つ。武道じゃない、組ませて
組んで技や力を見せるのが柔道、格闘技ではないのか?

 そこで私は提案したい。「日本柔連は世界柔連から脱退せよ」
現代の柔道の面白くなさ。豪快な一本勝ちは滅多に見られなく
なり、転がって逃げ、反則勝ちや小差のポイントによる逃げ勝ち
を狙う姑息なスポーツに成り下がってしまった。
中学時代柔道に青春を燃やした私としては歯がゆくて仕方がない。
 それにしても思うのは、日本人以外で初めて金メダルをとった
オランダのアントン・ヘーシンクが世界柔連の会長に就任して以来
スポーツという美名に隠れた妙な?方向に進んできているように
思う。北京五輪の谷選手の銅メダルの忌まわしい?表彰式でプレ
ゼンターとしてその姿を見せていたが・・・

 ヘーシンクといえば、私には懐かしい?思い出がある。
彼が柔道を離れ、プロレスラーだったことを知っている人は相当
の通だと思う。彼のプロレスラー育成キャンプが米国テキサス州
アマリロでジャイアント馬場さんの仕掛け?で行われ、当時TV
局でプロレス番組を担当していた私は、一ヶ月同行取材をした。
 アマリロといえば当時飛ぶ鳥を落す勢いだったドリー、テリー
のファンクの世界チャンピオン兄弟の地元で、兄ドリーの広大な
牧場と自宅道場があり、そこで彼の養成訓練が行われた。

 密着取材していた格闘技素人の私の目にヘーシンクは、鈍重で
気弱で、技の覚えも悪く(失礼)、激しい闘志と荒々しく逞しい
肉体と肉体のぶつかり合うプロレスラーになれるとはとても思え
なかったものだ。案の定、彼のプロレスラー人生は短命で終わり
再びオランダ柔道連盟の会長として柔道界に復帰。人徳も政治力
もあったのだろう、世界連盟の会長にまでなった。
そして青い柔道着の採用など改革?が行われ、技の判別力のない
外国審判員の前で、襟の取り合いや腰の引けた”かいな力”任せ
の外人特有?の姑息な柔道による小差の判定が多くなっていった
と私は思っている。少し過激だろうか?
柔道専門家や識者の皆さん、間違っていたらゴメンなさい。
”柔よく剛を制す”といわれるように、柔道は投げて、決めて
ナンボ。やはり武道はその差が微妙であれ、技の効果を識別して
判定してこそ命と思う。その微妙な差を判定できない未熟で経験
不足な外国審判員が増えてしまったのも、今日の妙な判定基準、
識別方法が生じた主因かもしれない。
 
そこで、私の提案である。
日本柔道界よ、世界の山下泰裕さえ世界連盟の理事から落選して
しまうような現在の世界柔連より脱退し、
「格闘技として柔道の本当の良さ、格闘技本来の技と力を見せ
られるような新しい団体を立上げよ」と言いたい。
 ワケのわからない判定で決まる世界タイトルやオリンピックの
金メダルなんかイラナイじゃないですか。皆さんいかがですか?




【2008.08.11 Monday 10:00】 author : 四半日日録
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武士の豪胆さ
 このところ続いた身勝手な殺人事件。死にたかったから他人を
道連れにというのが幾つかあったが、昔の武士は自分の尊厳を
示す一つとして”切腹”をした。他人を、しかも何の関係もない
人を道連れなんて思いもしなかったろう。
それとはあまり関係無いが、切腹でオヤと思う記事を見つけた。

 開国と倒幕の嵐が吹き荒れた幕末の慶応四年(1868)1月
10日、朝廷は徳川慶喜以下の官位を剥奪して新政府が樹立した。
その政情も落着かぬ2月15日起ったフランス戦艦デュプレー号
の水兵達を、堺で土佐藩兵が鉄砲で11人を殺す事件が起った。
「堺事件」である。
これに怒ったフランス公使ロッシュが日本側発砲者全員の斬首と
15万ドルの賠償金を要求。日本代表五代才助らの交渉で20名
の”切腹”(斬首でなく)が決まり、8日後の23日堺の妙国寺
で行われることになった。ここからが今日の本題である。

検死にフランス側デュプレー号艦長以下数名の士官が立ち合った。
「最初の六番隊長箕浦猪之吉は、作法道り脇差の切先を左脇腹に
当てるとデュプレー号艦長を睨みつけ、フランス士官たちを睨み
まわして、「フランス人ども、拙者はこの国のために死ぬ。日本
武士の最後をしかと見とどけいツ!」と大喝して脇差を左脇腹に
突き立て、一文字に引き、臓腑をつかんでフランス人に投げつけ
ようとした瞬間、介錯人の刀が一閃して首が斬り落されました。
そして、次々に作法通りに切腹していくのです。そのほとばしる
血の量と臭気はすざましいものでした。
 立ち合ったフランス士官たちは泣き叫び、嘔吐するものがほと
んどで、十一名まで切腹がすんだ時、顔面蒼白のデュプレー号
艦長が処刑の中止を申し出ました。
「サムライの豪胆さはよくわかった。われわれの出した死者は
十一名、すでに日本側は十一名が腹切りした。これでよい。
残りの者は生かしてやって欲しい」
(佐江衆一著「剣と禅のこころ」新潮社刊より)

 直接手を下したものではない箕浦隊長の責任の取らされ方は仕方
ないとしても、その豪胆さに心胆を寒からしめるばかりか、時代の
流れの中での当時の武士の感情とはいえなんとすざましい出来事と
思いませんか?
 いろいろ感じたことも、まとめに書きたいこともあったが、いま
恥ずかしいけれど続けられなくなってしまいました。失礼。






【2008.08.05 Tuesday 00:28】 author : 四半日日録
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